竹田・荒城の月の舞台「岡城跡」から考える、石が残す時間
- 2026.03.12 | 関連記事
先日、大分県竹田市にある城跡「岡城跡」に立ち寄る機会がありました。
岡城跡は、名曲 「荒城の月」 の舞台として知られる城跡です。
作曲した瀧廉太郎は竹田市出身で、この城跡の景色が曲のイメージに影響したともいわれています。
竹田を訪れる観光客の多くが立ち寄る、竹田を代表する城跡のひとつです。
岡城跡とは
岡城跡は、大分県竹田市にある城跡で、標高300mほどの山の上に築かれた山城です。
三方を断崖に囲まれた天然の要害で、江戸時代には難攻不落の城として知られていました。
現在は天守などの建物は残っていませんが、当時の高石垣が今も残っており、九州でも有数の石垣の城として知られています。
また、名曲「荒城の月」の舞台としても知られ、竹田市を代表する歴史スポットとなっています。
城跡にある案内板を見ると、岡城がどのような構造の城だったのかが分かります。

岡城は、三方を断崖に囲まれた山の上に築かれた城で、天然の地形を活かした難攻不落の城でした。
城の建物は失われても、石垣だけは今もその姿を残しています。
岡城跡の石垣は、九州でも有数の規模といわれる高石垣で、目の前に立つと、その迫力に驚かされます。
石は、何百年という時間を越えて、その場所の歴史を静かに伝え続けています。石材という素材の力強さをあらためて感じました。
1.石垣が語る、石の時間

岡城跡の石垣は、江戸時代初期に築かれたものといわれています。
つまり、400年以上の時間が経っても、当時の姿を今に伝えているということになります。
木造の建物は失われても、石垣や石材は長い年月を越えてその場所に残り続けます。
これは、お墓の石にも共通することです。
建立されたときの想い、
ご家族の歴史、
ご先祖様を大切にする気持ち。
そうしたものを、石は長い時間受け止めながら残していきます。
2.岡城跡はパワースポットとして紹介されることも
岡城跡は、大分県竹田市の山の上に築かれた城で、竹田の町を見守るような場所にあります。
そのため観光サイトなどでは、「開運スポット」「パワースポット」として紹介されることもあるようです。
城跡の近くには、岡城の守護神とされる岡神社もあります。
また、少し足をのばすと東洋のナイアガラと呼ばれる原尻の滝もあり、竹田周辺の人気スポットとなっています。
3.「これからの供養」を考えるきっかけ
コトナラには日々さまざまなご相談が寄せられています。
・お墓じまいを考えている
・遠方でお墓の管理が難しい
・納骨堂や永代供養を検討したい
・戒名彫りをお願いしたい
どのご相談にも共通しているのは、「これからどうしていくのがよいのか」という迷いです。
石は長く残るものだからこそ、お墓や供養の形についてゆっくり考える時間も大切なのかもしれません。
岡城跡の石垣を見ながら、そんなことをあらためて感じました。
4.お墓や供養のことで迷ったときは
お墓や供養のことは、
・誰に相談したらよいのか分からない
・地域の石材店にいきなり相談するのは少し不安
・まだ決めていないけれど話を聞いてみたい
というお声も多くいただきます。
お墓や供養のことは、ご家族の状況や想いによって選び方が変わるため、迷われる方も少なくありません。
コトナラでは、
・お墓じまい
・納骨先(納骨堂・樹木葬・永代供養)のご相談
・戒名彫り
・お墓の修繕やクリーニング
・お墓参り代行
など、お墓を建てる前の墓地・霊園のご相談から、墓石デザインや石材に関するご相談、お墓を建てた後の供養に関するご相談まで無料でお受けしています。
「まだ具体的に何も決まっていないけれど、少し話を聞いてみたい」
という場合にも、お気軽にご相談ください。
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編集後記
竹田の岡城跡に残る歴史ある石垣を眺めながら、石が残す時間の長さを改めて感じました。
江戸時代初期、この石垣を築いた職人たちは、どのような想いで石を積んでいたのでしょうか。
難攻不落と言われたこの城の城主は、どんな景色を眺めていたのでしょうか。
何百年という時間を越えて、今もその姿を残す石垣。
そこには、人が刻んできた歴史や想いが静かに積み重なっているように感じます。
お墓や供養について考えるとき、そんな長い時間の流れに少し思いを向けてみるのもよいのかもしれません。久しぶりにお墓参りに行こうと思った、天気のいい日でした。
